2018.9.25(火)~11.14(水) 
脳幹梗塞入院 51日間闘病記 

思いもよらず突然入院することになった。
病院で毎日、ブログにまとめたものの転記集 


 2018.9.24(月)==前日・「予兆」

なんだろう?
針インターで車から降りたらフラフラっとよろけそうになった。
貧血とかそういうものでないと思う。
膝のあたりに力が入らなかった。
大病の兆しでなけりゃいいが・・・

家に帰り着いたらもっとひどくよろけた。

しばらくすると左足を中心に体がダルクなってきた。
体がだるいというのも落ち着かない。
寝るに寝られない。


2018.9.25(火)==1日目・「即、入院」 


同じ事の繰り返しだが、
昨日針インターまで5時間ほど車を運転して家に帰り着いたらフラフラ~っとふらついた。
左足が上がらない。
その晩、全身がだるくなってどうしようもなくなった。
睡眠薬でなんとか寝付いたが・・・

今朝もやはり左足が上がらない。歩きにくい。
左手も ものが持ちにくい。おかしい?

時に半身不随でリハビリのため歩いている人を見かけるが、まるでそんな感じ!
見かねてオッ家内が公園でも一回りしましょうと散歩に連れて行ってくれたが
やはり普通に歩けない。

   11:40     あまり行きたくなかったけど、午前中市役所と買い物に行き帰り道に阪奈中央病院へ立ち寄った。 
受け時間はすでに過ぎていたが、男の人が症状を聞いて受付してくれた。
 午後   
 先生に問われるままに症状を説明すると脳梗塞の疑いということで即、MRIに入れられた。
CTも撮り写真を前にはっきり脳梗塞と診断された。
最低2週間の入院だという。

 ワタシとしてはちょっと見てもらおうと軽い気持ちだったのに、即入院とは・・・・・・・
なんの用意もしていない。

 21日の大和W例会の飛鳥の里山巡りで普通のシンドさでなかったのが予兆だったのか?

 最近目の疲れが激しいのがその予兆だったのか?

 

2018.9.26(水)==2日目・「脳梗塞2日目」 

 
 6:00  起床、熱いタオル。  
6:40  採血、メシはまだ。 
9:10   回診「左手にマヒが残っている」と。
 10:40   MRIに行く時長男純太郎が見舞いに来てくれた。
ありがたい、早く元気になるからね。 
11:00  一緒に栗岡先生の説明を聞いてくれた。
脳梗塞の病因は消滅しないらしい。点滴で進行しないようにする。と  
12:00  お茶とおもゆを、 森山さんに発音のリハビリ。 
13:00    南さんに運動のリハビリ、30分。
15:30   病室変更
15:50  作業療法リハビリ、中前さんに40分。  
17:20   血糖測定144、標準値は100、高い。 
17:50 夕食、写真のとおりやっと食事らしい食事。
 

 



2018.9.27(木)==3日目・「脳梗塞3日目」 

一人で歩くなと言われていたが、排便の後こっそり洗面所まで歩いた。
帰り道左足がつまずいた。
こういうことで倒れて悪くなる人がいるから、と聞いていたが実感した。
最近買い物に行ってスーパーのなんでもないところで蹴躓くことが多かった。
それが予兆だったのだ。

朝、「協調運動テスト」というのをやり左手の効きの悪いのを自覚させられた。

左手足がマヒしているということだ。
↓ 昼食の写真
 

午後朋ちゃんがお見舞いに来てくれた。
近所の森田さんが見舞いに来てくれた。


2018.9.28(金)==4日目・脳梗塞4日目」

 6:20 起床。
↓ 今朝の生駒山

WIFIがおかしくなってタブレットが使えなくなったので。おっ家内に au まで行ってもらった。
感謝。
13:50 使えるようになった。

午後はリハビリで片手で目の前の物を所定の場所へ移動させる作業とか運動療法で足の訓練とかあった。
↓ 移動作業の道具。

↓ リハビリルーム

何より嬉しいのは今日から一人で院内を歩いていいとのこと!
ばんざーい‼️


 2018.9.29(土)==5日目・「大声の人」

6:20 起床。
そとは雨、大きな台風24号が来るらしい。
その影響か神経痛が気になる。

昨日から院内単独歩行を許されたので廊下を歩いていると、
ワタクシの入院最初の部屋がリカバリールームという部屋だったが
その部屋から「オイこら」とか「オシッコ」とか「?!??」と、
わけの分からん言葉を当たりに響きわたる大声で叫んでいる患者の声が聞こえた。

たしか入院二日目で悩まされた声だ。
多分彼は他人の迷惑になるので相部屋には行かせてもらえないのだろう。

騒ぎたくて騒いでいることはないと思うが、毎度のことで看護師も放ったらかしにしているのだろう。
本人はなにか思うようにならない苦しみがあるのだろう。
可哀想になった。
認知気味と思うが明日は我が身か?

 午後次男重徳が東京から見舞いに来てくれた。
土曜日とはいえ遠方からありがたい。
さすが我がセガレ!

 
 
 2018.9.30(日)==6日目・「入院6日目」

この病院の病棟は一人部屋、二人部屋、四人部屋、大部屋、そしてリカバリールームが病室だ。
ワタシは四人部屋に入っている。
寂しくもなくにぎやか過ぎずいいかな?と思って……

一昨夜は大騒動があった。
隣の83才(やはり脳梗塞)のおっさんが大の粗相をやらかした。
看護師と本人とのやりとり
耳にして明日は我が身かとイヤーな気持ちで寝られなかった。
↓ 病棟図面 ワタシは222号室。

夕べはよく寝られた。
↓ 今朝の生駒山

 
2018.10.1(月)==7日目・「リハビリ師」

6:20 起床。

ワタシの担当のリハビリ師は四人いる。 みんな若くてきれいだ。
 南さん:  理学療法担当  昔「タッチ」というテレビアニメがあった、その主人公の相手役が「みなみ」。で名付けてワタシの「タッチ」。
森山さん:  協調運動担当  野菜の名前を思いつくままに言えと言われて8つしか言えなかった。 で、名付けて「野菜のお嬢さん」。 
中前さん:  作業療法担当  普段コンタクトレンズだそうだが、気がついたとき。黒縁メガネをしていたので名付けて「クロブッチャン」。 
浦川君:  補助師かな? 22才。2年後に結婚するそうな?高校時代からの恋人がいるそうで「ルンルン」だ。

今日は午後造影剤を打ってのCT検査。
13:00 過ぎ右手に針を5回も入れ直した
失敗の処は痛さが残る。
血管が逃げるからだと言われた。

↓ 台風一過の生駒山 


2018.10.2(火)==8日目・「病名」 

6:20 起床。

ワタシの正式病名は「脳幹梗塞 糖尿病」。
脳幹とはほとんどの神経の中継点で中指一本位の太さがあるそうな。
ここに血が溜まって悪さをするから言語障害、半身マヒに至るそうな。

昨日は造影剤を入れてのCT検査。
その結果、「右頸動脈狭窄症」と「前交通動脈瘤」と2つ
の病名ももらった。

右頸動脈狭窄症」とは頭の中で動脈は右と左へ行く。
その2つの動脈は、それぞれ顔の方へ行くのと脳の方へ行くのと二本に別れるが、その脳の方へ行く右の血管が細くなっている。
血が行かないと当然マヒが起きる。

前交通動脈瘤」とは、右頸動脈が細いので左から補助するがその際バイパスに負担がかかって瘤が出来た。

そんなことで今度はカテーテル検査をすることになった。
カテーデル検査は過去に一度経験があるが、病気が病気だけにとても恐い。

今日はHYさんが見舞いに来てくれた。
見舞いの品の一つに↓ の画があった。 ありがとう。 



 2018.10.3(水)==9日目・「カテーテル」 

6:25 起床。

先日のCT検査結果に基づいて今日はカテーテル検査。
朝から絶飲食。
一度カテーテルの経験があるとはいえ、とても不安。

点滴の活栓が今までは二つだったのが4つになった。これは万一の際、この活栓から輸血する。
血液の必要量によりこの4つが活躍する。
↓ 多連活栓

カテーテル 出番はないよ 多連活栓」 
活栓の 多さが語る 慎重度

二三日前から病室の外壁に足場が組まれた。
病棟も古くなると手入を要する。
ワタシも古くなった。


2018.10.4(木)==10日目・「カテーテル検査結果」

6:05 起床。

昨日の検査結果で改めて病状が確認出来た。
で、次はいつどの方法で手術をするかだ。

  1、右頸動脈狭窄症
2、前交通動脈瘤
だが、順番としては1は今月中。2は様子を見て数ヶ月後にやる。

方法はそれぞれ二つの方法があり、悪い部分を切り開いて掃除をしてまた縫い合わせる方法か
カテーテルて狭窄箇所にステントを入れて広げる方法。
それぞれ一長一短あり判断は難しい、先生に任せるしかない?
1は今月末頃になりそうだ。

なんか、もう、検査手術、検査手術で将来はなさそうな気がする。

今日は久子さんがお見舞いに来てくれた、ありがとう。

午前中に頸部エコー、手術の下調べだろう。

午後、井上 西川ご両者のお見舞い、ありがとう。


2018.10.5(金)==11日目・「次の手術」 

6:10 起床。

次の手術の予定日がほぼ決まった。

   10月6日から飲み薬が始まる。  
10月8日から点滴が終わる。
10月24日(水)14:00 頃、右頸動脈狭窄症の手術。

やり方はやはりカテーテルでステントを入れる方式。
恐がりのワタシにはとってもこわい!

 

2018.10.6(土)==12日目・「点滴」

6:10 起床。

点滴は二種類の液を注入している。
1つは「ソルデム3A」、これは血をサラサラにする薬。
もう1つは「ラクテック」、電解質。カロリー補給に使う と。

6日から飲み薬を併用し、8日から点滴とさようなら。

手術の準備段階は入るのかな? 

 
 2018.10.7(日)==13日目・「リハビリ」

6:10 起床。

ワタシには左半身にマヒが残っている。

その改善のため、いろんなリハビリをやっているがノッポの浦川君に「部屋で自主的にやりなさい」と云われたのが

1、片足でベタ足からつま先立ちを交互に25回繰返す。
これはしんどい。右足でもしんどいのに左足は強烈にしんどい。

2、片足立ち。
右足なら出来る時は60秒近く立っていられるが
左足では10秒も立っていられない。

平衡感覚とか筋肉の強化訓練なのだろう。
一人でやるのは継続が難しそう。

昨日、またHYさんが松尾寺と矢田寺のお守りを持って見舞いに来てくれた。
すまんなありがとう。


 2018.10.8(月)==14日目・「食事」

6:05 起床。

病院の食事には常食と軟菜食に分かれている。
今は軟菜食でお粥と副食ブレンダーとなっている。
入院以来軟菜食が続いているが、いつ常食になるのかな?

点滴は今日でおしまいだ。
左手が自由になる。 2週間、よく我慢しました。

今日の昼めしから少し雰囲気が変わった。

 
 
 2018.10.9(火)==15日目・「外泊許可」

5:30 起床。 今朝の気温は15℃ 寒い❗

今日の予定は、
 1  MRIをとって10:20 
 2  昼食後外泊許可をもらって、 
3  散髪して、
4  新しい車を貰いに行って、
 5  我が家で寛ぐ。

4 の新車のことは入院前から10月5日に納車と決めていたのをこの病気のため伸ばしてもらっていた。
医者はワタシが運転することに猛反対だが、なんとか頼み込んで了解を得た。
慎重に運転しよう。

ちょっと興奮して早く起きた。

↓ 今朝の朝食

↓ MRI 検査を終えて

↓ My New Car

 
 2018.10.10(水)==16日目・「帰還」 

9:00 病院へ帰還。

昨日は自宅で一泊。散髪もして風呂にも入ってさっぱり❗
新車も受け取り、また療養に専念。

昨夕は秀樹君がお見舞いで信貴山の御守りを-----↓

これはよく効きそう。

また、久吉君もお見舞いに来てくれた。

11:10 MRI 。
14:00 次男が東京からまた来てくれて、先生の説明を一緒に聞いてくれた。
「親切でよく分かる説明だ」と感心していた。
結論-----24日に右内頸動脈狭窄症のカテーテル手術。
それまで外泊 外出OK。

 
2018.10.11(木)==17日目・「お守り」

6:05 起床。
今日から外出の許可が出たので、お昼は家で過ごそう。

一昨日秀樹君に頂いた御守りで思い出したのが、その前に HY さんからもらっていた松尾山と矢田寺のお守り。
今更ながらありがとう。
これで元気にならなくては‼️

↓ 今朝の食事

 
2018.10.12(金)==18日目・「同部屋の人達」

6:00 起床。

同部屋の人達はみんな出て行った。
   そして一人になった。 

Aさんは同じ日に入ったが1週間で出た。盲腸炎だった。

Bさんは2~3日あとに入ったが、2週間で出て行った。
同じ脳梗塞で言語障害があったのに-----。
通院でリハビリするのかな? 83才。

Cさんは心臓と脳梗塞だが、何かの理由で2~3日で大部屋に行った。
家では一人住まいで身のまわりの世話をする人がなく本人もこれからどうすればいいかわからないようだ。
耳がとっても遠い。92才。-----我が身が-----と思うと不安、恐い!

↓ みんな出て行った4人部屋、左奥がワタクシのベッド。


  2018.10.13(土)==19日目・「チコちゃんに叱られる」

今日で入院19日目。
土日の2日間外泊許可をもらった。

NHK番組「チコちゃんに叱られる」が大人気らしい。
身のまわりのちょっと常識的なことを「なんで? なんで?」と問い詰める。
知らなかったら「ボーっと生きてんじゃねぇよ」と活を入れる。
5才の女の子に大の男が叱られる。
そこが面白い。

 
 
2018.10.14(日)==20日目・「点滴注射」
 
7:00 起床。
我が家でゆっくり目覚めた。

この病気中、何度か点滴のための注射を打ったが上手な看護師は一発で針を打ち込むが下手な人は2度打っても入らない。
「ダメです。変わって貰います」と人が変わる。
その変わった人も3度目で決まった。
事実であろうけれどワタシにとっては言い訳に聞こえる言葉が
「血管が逃げるので・・・」

今日の午後、朋ちゃんとお母さん(みやこさん)がお見舞いに来てくれた。
遠路わざわざありがとう。


2018.10.15(月)==21日目・「看護師-1」

7:20 起床。

看護師にもいろんなタイプの人が居る。
殆どの人は愛想が良くて親切だ。
が、中にはつっけんどんで無愛想な人も居る。

みんな親切だからつっけんどんな人が居ると特異に感じる。
 

 2018.10.16(火)==22日目・「看護師-2」

6:25 起床。

看護師のこと、昔は「看護婦」と言った。
いつからか「看護師」というようになった。
調べたら2002年からだった。
「看護婦」っていう方が女性らしさ柔らかさが感じられ、その方が好きだ。

そして昔はナースキャップを被っていたもんだ。
これもいつからなくなったのかな?
戴帽式とかテレビで見たことあったように思う。

↓ 今の看護師の後ろ姿


 
マユハケオモト
 

 2018.10.17(水)==23日目・「看護師のお名前」

6:15 起床。

看護師に限ったことではないが、女性のお名前に時代差を感じる。
我々の頃の女性の名前は○○子と「子」の付く名前が多かった。

ここの女性看護師の名前を集めてみた。
・第一群団----- 智子 恵里子 美千子 法子 睦子 
・第二群団-----  幸美 弘美 友美 美紀 奈央 彩香 
・第三群団-----  生海(いくみ) 玲(れい) 希望(のぞみ) 杏梨(あんり) 

なんとなく年代層を感じる。
・第一群団はさしずめ「子付き群団」。
・第二群団は「子なし群団」。
・第三群団は「キラ前(キラキラの前代)群団」。 
この先、第四団としていわゆる「キラキラネーム」が出てくるのだろう。

智子さんの友達のお子さんに「ピカチュウ」という名前の子がいるそうな❗
「ホント?」って聞いたら「ホント‼️」だって。
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↓ 今朝の朝食
 

2018.10.18(木)==24日目・「テレビ」

6:20 起床。

病室にはテレビがある。
部屋がいっぱいだったときはまわりに迷惑だからイヤホーンで聞いていたが、これが嫌いだった。
イヤホーンがすぐ落ちる。 聞きとりにくい。
今は一人になっているからイヤホーンなしで見られる。

でも、ベッドでは背もたれがないので疲れる。
タブレットでラジオの方がいいか。
 
 
  2018.10.19(金)==25日目・「ときめき」

6:10 起床。

血糖値 140 血圧 143/91

先日、ラジオで「ときめき」をテーマにダベリンクしていた。
女性ってなににでもときめくんだなあ、と感心した。
「スーパーで夏物の半額セールをやっていたのでときめいた」とか、
「秋祭りの太鼓の音が聞こえてきたのでときめいた」とか、
「昔の彼氏に似た人見てときめいた」とか-----

「ときめき」ってなんだろう?
時には必要なことかな?

オレも退院したらどうしようかな?と、ときめこう。
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↓ 馬見丘陵公園のダリヤ(昨日、外出許可を得て)

 
 2018.10.20(土)==26日目・「外泊許可」 

6:10 起床。

血糖値 134  血圧 136/76

今日明日と外泊許可が出た。
さて、なににときめこう。
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↓ 我が家の庭の片隅咲いてる花。
名前は知らない

 
 2018.10.21(日)==27日目・「便秘」
 
7:30 自宅で起床。

気持ちいい話しでないが、入院してから何度か便秘に襲われている。
自宅とは環境が違うからか?
昨日なんか、とても苦しんだ。 出そうで出ないは・・・
こんな苦しみ初めてだ。

 
 2018.10.22(月)==28日目・「まんぷく」

7:00 自宅で起床。

血圧 130/72

NHK朝のテレビドラマ「まんぷく」が面白い!
10月から始まったばかりなのに次々事件があり、毎日8時を待っている。
前の「半分青い」は全然つまらなかった。


 2018.10.23(火)==29日目・「新入室者」

6:20 起床。

血糖値 132 血圧 140/75

昨日外泊している間にお一人、新しく入室している人がいた。
4人部屋が二人になり、少しは賑やかになるかな?

入ってきた人は同じくらいの年配と見かけた。
どこかの病院で「喉頭ガンの手術をしたが、今度は腸の調子が悪いのでここで診てもらったら胃ガンが見つかった」と-----
あまり詳しく聞かないのにとにかくよく話す人だ。

「あんたは看護師とはよくしゃべるのにワシとはあまりしゃべらないな」という。
話していたら終わりそうにないのでいい加減に返事をしておいた。

でも、自分の病気のことを深刻に捉えずケロッとしている陽気で呑気な人と見かけた。
くよくよしないで幸せな人だ。
     --------------------------------------------------
今日から二泊かけて長男が来てくれる。
いよいよ明日は手術だ。
     --------------------------------------------------
↓ 病室からの生駒山(工事の防護幕のためはっきりしない)


 
 
2018.10.24(水)==30日目・「麻酔~手術」

6:00 起床。

血糖値 133

ついにカテーテルで右頸動脈狭窄症の手術だ。
ステント留置術という。
今日の午後14:00からの予定だ。
皆は「どうってことないよ」と言ってくれるが-----
本人は遺言を残したいくらい深刻だ。

毛は剃られた、飲食はなし。
用意完璧。
あとは気持ちのみ❗

11:00 オッ家内 長男、見舞い。

12:00 着替え、点滴開始。


10/24~10/29 昏睡中

 

2018.10.29(月)==35日目・「麻酔から目覚め」 

10月24日に全身麻酔をして丸4日間昏睡状態、この間のことは全く記憶がない!

25日にリカバリー室へ帰り、看護師が付きっ切りで見守っていてくれたらしい。
 その間、人工呼吸・導尿・数種類の点滴・おしめ等いろんなことをやっていたらしいが、29日にはそれらを外した。
ワタシはいろんなところが痛かったり痒かったりで大騒ぎしていた。
そのことは少し記憶がある。

↓ の写真は術前と術後の比較
↓ の写真は術前と術後の比較

Befor

After

 
 
 2018.10.30(火)==36日目・「新入室者」 

6:20 起床。

血糖値 132 血圧 140/75

昨日までリカバリー室におり、今日222号室のマイベッドに帰るとお一人新しく入室している人がいた。
4人部屋が二人になり、少しは賑やかになるかな?

入ってきた人は同じくらいの年配と見かけた。
どこかの病院で「喉頭ガンの手術をしたが、今度は腸の調子が悪いのでここで診てもらったら胃ガンが見つかった」と-----あまり詳しく聞かないのにとにかくよく話す人だ。

「あんたは看護師とはよくしゃべるのにワシとはあまりしゃべらないな」という。
話していたら終わりそうにないのでいい加減に返事をしておいた。

でも、自分の病気のことを深刻に捉えずケロッとしている陽気で呑気な人と見かけた。
くよくよしないで幸せな人だ。
     --------------------------------------------------
今日から二泊かけて長男が来てくれる。
いよいよ明日は手術だ。
   
 
 2018.10.31(水)==37日目・「壁紙」 

6:10 起床。

血圧 144 血糖値 169 体温37 脈拍数 81

この病院には天井には壁紙が貼ってあるがなんとそれはわたしのホームページの壁紙が採用されているではないか❗

よく見ると勘違いだった。  幻覚も絡んでいたのかな?

 
2018.11.1(木)==38日目・「意味不明 頭混乱」

6:15 起床
血糖値 167 酸素 95 体温 36.6 血圧 144

昨日のブログで「ちゃんと書いて確認した?」とオッ家内に言われたので読み返して見たらなんと何を書いたのか訳がわからない!
頭が混乱しているのか?

大きな麻酔のあとには「せんもう」という症状が現れてなかなか
治らないらしいそれだけ強い麻酔を必要としたのだ!

幻覚も頻繁に現れる。
下向いて何かに集中していると横に誰かが座っているので話しかけようとして横を向くと誰もいない。

つらい症状だ、早く治りたい!

そして今日は入浴日。若い二人の女性にスッポンポンの体を洗ってもらった。
恥ずかしいことこの上なし!


2018.11.2(金)==39日目・「入院日数 訂正」

6:15起床。

血圧 165/93 血糖値 131 脈拍数78 体温 65.3

勘違いしていた。
今まで入院日数を勘違いしていた。本当は今日で39日目だった。
ボケが進行したのか、確認をおろそかになったのか?

トイレには一人で行ける許可が出た。
但し昼間のみ。
夜間に一人で行って万一転けられたら困るからという。
ともあれ若干の改善が見られた、嬉しい限りだ。

 
 
 2018.11.3(土)==40日目・「意味不明 頭混乱」

6:15 起床。

血圧 166➡️158➡️124 血糖値 173➡️136 体重 36.5 酸素量 93

「ついにトイレに一人で行けるようになった。
夜もOKだ。」

と、夫婦二人で主治医の栗岡先生から聞いたつもりだったが「夜はまだダメ」とのこと、
ぬか喜びだった。

人はまだ危なげだというが自分では全く心配していない!
それもポーダブルトイレといってベッドの横に置いてあるやつだ。
こちらからそちらへ座り替えるだけのことなのに-----。
リハビリの時は二階のベッドルームから一階のリハビリルーム迄の長距離を歩いているのに。

今日のリハビリ結果でどう判断してくれるか?

 
2018.11.4(日)==41日目・「リハビリ病棟へ引越し、単独トイレ」  

6:15 起床。

血圧 166➡️158➡️124 血糖値 173➡️136 体重 36.5 酸素量 93

点滴終了。
「ついにトイレに一人で行けるようになった。夜もOKだ。」

人はまだ危なげだというが自分では全く心配していない!
それもポーダブルトイレといってベッドの横に置いてあるやつだ。
こちらからそちらへ座り替えるだけのことなのに-----。
リハビリの時は二階のベッドルームから一階のリハビリルーム迄の長距離を歩いているのに。

今日のリハビリ結果でどう判断してくれるか?

 
 2018.11.5(月)==42日目・「単独トイレ 点滴卒業」

6:15 起床。

血圧 150 血糖値 146 酸素量 97

昨夜宮看護師に単独トイレをお願いすると「OK」の答えが出た❗
リハビリの結果で判断されたと思う。
次は外出.外泊許可に向けて頑張ろう。

一昨夜はマムシに取り付かれた夢を見たが、昨夜は鳥のように空を飛んでいる夢を見た。
気分良かったですよ。

外出.外泊のためにリハビリ病棟に部屋替えして様子を見て判断するという。とりあえず点滴はなくなり、流動食に変わった。
↓ 一般食の昼御飯


今日は病院内でゆうほの中西氏とバッタリ‼️


  2018.11.6(火)==43日目・「不思議な判断」

 6:15起床。

血圧 170/84➡️144/78 血糖値 150 酸素量 95 脈拍数 84

昨日、主治医の栗岡先生から「外出外泊の許可」がおりた。
とりあえず歩行訓練として外泊せずに自宅までの往復だけにした。

14:00 リハビリ病棟への引っ越しを済ませてから自宅への外泊に帰ろうと思う。

それにしても不思議なのは単独トイレが「×」だったこと。
同じ部屋の中でのベッドからポータブルトイレへの座り替えが「×」だ。
「もう一日だけ我慢してください」と。
自宅迄外出許可が下りる状態なのに-----。

↓ 昼御飯



 2018.11.7(水)==44日目・「引越し」

6:15 起床。

血圧 140/70➡️128/78 血糖値 128 酸素量 97 脈拍数 73 体温 36.7
全ての要素にわたり優秀な数値だ。
これが安定すること望む。

6日一般病棟からリハビリ病棟へ引っ越しした。
それだけ体調の改善出来てきたということ。

こちらの病棟は築後5年目ということで新しく気持ちがいい。
建物は4階建てでワタシの部屋は3階になる。
病棟はナースセンターを中心にして周囲に病室が囲んでいる。
3階の病室は20部屋で一室4人部屋が殆どだ。

こちらでは名前の通りリハビリが中心の生活になる。
左半身がまだもどかしい。
左手での細かい作業なぞなかなかだ。
そもそも左手なんか使ってなかったから完治判断はどうしてするのかな?

↓ 新病室


 
 
 2018.11.8(木)==45日目・「単風呂」 

 
6:05 起床。

血圧 155/84➡️138/90➡️111/72 血糖値 122 脈拍数 80 体温36.4
酸素量 96 

昨日の諸数値は落ち着いた立派な数値だった。
今日は-----,? 血圧、失敗➡️改善。

リハビリ病棟ではお風呂は週二回月曜日と木曜日にある。
患者の病状により、寝たきりでの完全介護、座ったままの半介護、
介護不要の単独風呂の三段階あり、ワタクシは単風呂のためのテストで「OK」と判定された。

今日はその木曜日。
13:30 から入れる。

 
 2018.11.9(金)==46日目・「入浴」

昨日は入浴が許された。

6:05 起床。

血圧 124/70 血糖値 147 体温 36.5 脈拍数 76 体重 58.1

単独で好きなように入れるとばかり思っていたらとんだ間違いで担当女性に見つめられていた。
彼女にとっては毎度のことでどうってことないだろうがワタシにとってはめったにないこと!
恥ずかしいことこの上なし!

南アルプス山麓の奈良田温泉や四国遍路♨️の混浴は楽しかったが-----

 
  2018.11.10(土)==47日目・「友の死」

6:10起床。

血圧130/78 血糖値 113 酸素量 96 脈拍数 80

先日来外出、外泊の許可をもらっている。
外出では今のところ自宅往復だけで歩行訓練をしているが、徐々に苦痛度は軽くなっている。
今日は二連泊で家に帰ろうと思う。

9日家に帰ったら元勤務先が同じの2才年下の仲間(大前氏)が亡くなったとハガキが届いた。
そろそろそういう年代だ。
ワタシのこの病気も治ってどれだけ持つだろう?

自宅に帰りつくとツワブキが咲いていた。
↓ ツワブキ



2018.11.11(日)==48日目・「外泊の結果」 

7:00 起床。

血圧 144/80

不安が無いと言えば嘘になるが、随分元気によみがえった。
普通の日常生活ならなんとかやっていけるのではないか!

↓ サザンカの花が色づいてきた。


 
 
2018.11.12(月)==49日目・「外泊終わり」

6:30 起床。

血圧 147/75

昨日のリハビリウォークは家の周りの丁内一周と近鉄百貨店への買い物。
右足のフクラハギの周りが痛くなる。
療法師の誰かが言っていた「左足を庇うため右足が痛くなるのでしょう」と。

孫の僚太が送ってくれた「バンテリンの膝サポーター」でカバーする。

今日で外泊はオシマイだ。

2018.11.13(火)==50日目
 
6:10 起床。

血圧 142/87 血糖値 131 体温 36.2

今日で入院してから50日も経った。
そろそろ「退院」を考えてもらっても--------

 
 
  2018.11.14(水)==51日目

6:10 起床。

ついに退院だ。

血圧 116/66 血糖値 117 体温 36.1

全ての数値は好調!
11:00 退院。


 2018.11.24(土)==退院10日目

今日は予定されていた経過観察日。
先ず胸部レントゲン撮影。これは前回の手術のあと、胸に水がたまっていないかの確認。
続いて頸部ステント手術の後、血流はスムーズに流れているかの確認。
これらの結果を主治医の栗岡先生からオッ家内・次男と共に説明を受けた。
要するに「良好ですね」と言うこと。

ただ、手術後に梗塞を再度発症することもあるのでまだ経過観察は必要とのこと。
今般、血をサラサラにする飲み薬が2個減った。 「一月後に又診ましょう」と。

脳梗塞ほかいろんな”梗塞”は繰り返すことが多いらしい。

とりあえず安心できた。当分静かな生活を送ろう。

 
 
 



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